特別寄稿 《佐伯正則生誕50年特別企画によせて》 新田ユリ

 指揮者・一応師匠 新田ユリ 

 “指揮者”に必要な条件は何か・・・、1.指揮が上手なこと 2. 音楽が好きなこと 3. 人間が好きなこと この3項目の中で一つだけ不要なものがある。1である。 しかし、2と3は必須条件であり、この度合いが指揮者の 質を決めているかもしれないと昨今益々思っている。

 本日の元締め佐伯君との出会いは、共通の母校、国立音大ブラスオルケスターの授業に私が客演した折、大学2 年生の佐伯君はその時は直接演奏に参加していなかった。 翌年私が正式にその授業の講師となり早速授業を担当。 音楽教室や定期演奏会等々指揮をする現場で向き合っていた。佐伯君はトロンボーン専攻で腕前はなかなかのものだった。在学中からプロオーケストラのエキストラとして声がかかっていた。その現場でも出くわすこともあった。大学4年になると後輩たちを指揮する 「1・2年ブラス」 という名前の授業がある。そこに指揮者として手をあげていた佐伯君の指揮を初めて見た。「これは指揮者だな」 とすぐに思った。指揮者になる人は初めから指揮者なのだ。腕は未熟でも指揮という表現方法を通して音楽を語れる人、それがその人にとって自然なことである人、それが指揮者であると思う。その素地は十分に持っていると感じた。教授からは「おまえばかり気持ちよくなっているんじゃねーよ」と、厳しい雷が落ちていたが(笑) (それは本日のステージにつながるお言葉かもしれない。)  国立音大を卒業してまもなく、仙台フィルハーモニー管弦楽団の副指揮者オーディションがあった。私もその昔受けたが落ちた。「ダメもとでプロの洗礼を受けるつもりで挑戦してみたら?」と薦めた。結果、受かった。これには私自身が驚いた。指揮のレッスンなどほとんどしていない。指揮者としての現場修行もゼロに近い。その状態でプロ楽団の副指揮者が務まるか否か、これは本人の頑張りしかないと心を鬼にして送り出した。当時の音楽監督外山雄三先生からは「余計なことをせずに、良い音楽をもっていることがわかる指揮です」というお言葉を頂いていた。1年間の厳しい修行の中で得たこと、省み る事多くあったと思う。関東に戻りその後の修業時代はきっと佐伯君の中で長く苦しい時代だったと傍目で見ていて思う。

 しかし、そこをゆっくりと腐らずに歩いてきた先の道に今、たどり着いていると感じている。

 本日ステージに参加くださっている皆様は、各地で佐伯君とご縁があると伺っている。決してオールマイティではないながら、こだわり強くそして作品の本質を粘り強く探し求めるリハーサルと本番にこれまでも接していらっしゃることと思う。それは何より「音楽が好きである」 ことの証明であり指揮者にとって、音楽家にとって当然ながら絶対に必要なこと。器用貧乏の真逆をゆくキャラクターは、今の時代なかなか受け入れられないかもしれ ない。しかし何事もお手軽に簡単に創られ、描かれ、奏でられ、そんな味も素っ気もないことがこの先人類のデ フォルトとなってよいわけはない。金太郎飴のような演奏もいらない。誰かの演奏の真似も不要。いずれとも一線を画すことになろう本日の演奏を私自身も楽しみにしている。ここ最近はワーグナー、ブルックナー、マーラーへの集中した取り組みが見られるが、いずれにおいても古い資料を探し出し、翻訳を頑張り、楽譜を読み込み、 良い音、良い音楽のために追及を止めない「粘着質」の指揮者佐伯君。人の縁を大事にし、演奏者の持てる力に大いなる愛情を感じそこにともに奏でる情熱の火を注ぐ。 音楽と人を大事にする素晴らしい指揮者の資質を、まず は50歳で大きく花開かせてください。

 本当の指揮者道はこれからです。 「人間五十年、化天の内を比ぶれば、夢幻の如くなり ひとたび生を受け滅せぬもののあるべきか」 幼き頃に見た「国盗り物語」で高橋英樹演ずる織田信 長が何度となく謡った「敦盛」の一部。 人間界の50年というものは、化天=下天での時の流れに比べたらまさに一睡の夢や幻のようなもの。この世は無常であり永遠に住み続けることのできない儚きもので あり、一度生を受けたら滅びない者はいない。という悟り の境地。本日のマーラーに語られる哲学はまた違うもの。

 さて本日皆様の前で想いを遂げる50歳になったばかりの指揮者は、いかなる境地であろうか。  ともにステージに上がってくださる皆様全員に、師匠として深く感謝をささげます。ありがとうございます。

 本日はおめでとうご ざいます!  Alles Gute‼︎

2024/04/27 ESMT祝祭管弦楽団 第1回演奏会

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