汝はそれなり!——マーラーの交響曲第3番が私に語ること 山崎太郎

東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 教授 山崎太郎

はじめに

交響曲第3番の作曲にあたって、マーラーはそれぞれの楽章に標題を付そうと考えた。思い浮かんだ標題をそのたびごとに友人たちに書き送ったし、作曲スケッチの際、譜面のかたわらに書きとめたりもした。しかも、書き手自身のこだわりを表わすかのように、標題は何度も入れ替わった。いわば文字として記された標題は作曲の過程で常にマーラーの音楽的思考に寄り添い、着想を促し続けたのである。

作曲終了の直後、友人の作曲家/批評家マックス・マルシャルク宛ての手紙(1896年8月6日付)に記された最終的なかたちをここに改めて掲げておく。

  • 第1部
    • 序奏 牧神(パン)の目覚め
    • 第1楽章 夏が行進してくる
  • 第2部
    • 第2楽章 野の花たちが私に語ること
    • 第3楽章 森の動物たちが私に語ること
    • 第4楽章 人間が私に語ること
    • 第5楽章 天使たちが私に語ること
    • 第6楽章 愛が私に語ること

注目すべきは第1部として他から分けられた第1楽章を除いて、他の楽章がすべて「〜が私に語ること」という表現で括られていることだ。作曲の途中、繰り返し行なわれた変更にあたっても、そのつど主語を入れ替えながら、各標題の後半部分は常に一貫していたし、第1楽章にも「岩山が私に語ること」「森が私に語ること」という標題を考えた時期がある。

そこで当然湧いてくるのは、「これらの主語はいったい何を私に語ってくれるのか?」という疑問だ。もちろん、ここから先は言葉ではなく音楽の表現に託された領域であり、私たち一人一人がマーラーの紡ぎ出す調べから感じとるべきものなのだろう。

とはいえ、目まぐるしく入れ替わる主語と一貫した述語の対照に目を凝らすとき、マーラーが「何を」私たちに伝えようとしているのか、すでに視えてくることもあるのではないか。それはすなわち、多種多様な生命に満ち溢れたこの世界の彩りの豊かさであり、しかも、言葉をもたぬすべての被造物を含んだ万象が発する「ひとつの」声である。

万象が呼び交わす声

これらの標題を前に、この交響曲に聴き入るとき、私が連想するのは哲学者ショーペンハウアーが主著『意志と表象としての世界』のなかで紹介したtat tvam asi ! というサンスクリット語の銘である。「梵我一如」とも訳されるこの言葉は、古代インドの聖典ヴェーダに記された儀式のなかに現れるという。曰く「これから教えを受けようとする人の前に、生物無生物を問わず世界のあらゆる存在を運んできて通過させ、その一つ一つについて、定式となったあのことばtat tvam asi(=汝はそれなり!)が呼び上げられる」のである。(第63節。西尾幹二訳、以下も同様)

自分自身と己を取り囲む環境が一体となり、主体と客体の閾が消失した相互浸透の境地と言い換えてもよいだろう。ショーペンハウアーはこの認識こそが「苦しんでいるあなたとは私のことにほかならない」という「共苦」の教えの根本にあり、ひいては人間が我執から解き放たれる契機になると考える。

その哲学から大きな影響を受けたワーグナーは「共苦」をテーマに、舞台神聖祝祭劇《パルジファル》を作曲した。それと並行して書かれた理論的著作のなかで、彼はこの言葉の意味するところを、次のように説明する。「私たちは感覚に欺かれて千変万化の多様性や差異に目を奪われ、生きとし生けるものの一体性を見失っている。……婆羅門が私たちに、この生命ある世界における多彩をきわめた現象を『汝はそれなり!』と意味づけて示したとき、私たちの意識が——私たちのまわりにいる生き物を殺すことは私たちの肉を切り裂き、貪り喰らう所業に等しいのだという意識が——呼び覚まされたのだった。」(ワーグナー『芸術と宗教』、山地良造訳)

もちろん「感覚に欺かれ」た私たちの目に映る「千変万化の多様性や差異」はそれ自体、けっして否定すべきものではない。いや、むしろ自然界の織り成す万象は多種多様だからこそ美しく、愛おしいのであり、まずはそれを全身の感覚で受けとめることこそが「生きとし生けるものの一体性」という認識にたどりつくための第一歩となるのではないか。《パルジファル》終幕で、主人公の前に満開の春の野野の情景が開ける〈聖金曜日の奇蹟〉は何よりもそのことを実感させてくれる。

哲学する作曲家マーラー

「生物無生物を問わず世界のあらゆる存在」が調べとなって、聴き手の前を通過してゆくマーラーの交響曲にも、ヴェーダの儀式と同じ構成を読みとることができるかも知れない。いわば「岩山」や「森」、「野の花たち」や「動物たち」が、私たちに向かって「あなたは私!」と一斉に声をあげるのである。

マーラーが『意志と表象としての世界』のこの一節を特別に意識して第3交響曲を着想した——そして、これに対応するような標題を付した——とまで言っては、いささか無理が生じる。ただ、生命を持たぬ無機物に始まり、植物や動物を経て、認識の能力を備えた人間に至る全存在の階梯を想定する思考を含め、この交響曲のすみずみにショーペンハウアーの世界観が行き渡っていることは確かだろう。

マーラーは大変な読書家だった。文学への関心は直接には、自ら選んだ詩に作曲した多くの歌曲やいくつかの交響曲に挿入された歌唱付きの楽章に実を結んでいる。だが、それだけではない。「自分を取り囲む世界の実相はどのようなものか?」「人はいかに生きるべきか?」——彼の音楽は哲学の主柱をなすこれら二つの問いをめぐる思索の結晶でもあった。言い換えるならば、マーラーは作曲という創造行為を通して「哲学した」のである。

指揮者ブルーノ・ヴァルターの証言によれば、交響曲第3番を作曲したハンブルク時代、マーラーが最も熱心に読んだのはショーペンハウアーの哲学書だった。後年の妻アルマは、夫の交響曲について、「どこかで他の被造物がいまだ苦しんでいるのだとしたら、どうして自分が幸せでいられよう?」という問いかけを音楽で表したものにほかならないとまで言うが、この命題もショーペンハウアーの唱える「共苦」の思想に通じるものだろう。

ここで、ショーペンハウアーの世界観とマーラーのつながりをさらによく理解するために、少々まわり道になるが、この哲学者が唱える「意志」と「表象」の関係について、ごくごく簡単な説明を試みることにしよう。

「意志としての世界」

「表象としての世界」とは何か? それは「私」が目や耳や鼻や肌すなわち五感で感じとっているかぎりの世界である。これこそが現実の世界であると私たちは考えるが、それは必ずしも真実の世界の姿と一致するわけではない。例えば、私たちは自分が揺るぎない大地の上に立っていると感じているが、実際には地球は高速度で自転しながら、太陽の周りを廻っている。また動物や昆虫などそれぞれの生物種が人間とは違う独自のやり方で周りの世界を知覚しているという事実も、20世紀の生物学者ユクスキュルが唱えた「環世界」という概念によって、共通の認識となった。

そこでショーペンハウアーは私たちの感覚では把握しえないもう一つの世界の姿を想定し、それを「意志としての世界」と名付けた。それは私たち個体の生を超えて存在し続け、この世界・地球上のさまざまな生物種を存続せしめながら、自然界の営みすべてを司る宇宙の摂理ともいうべきものである。例えば、蜂は教えられてもないのに、なぜあれほど完璧に精緻な巣が造れるのか? あるいは、渡り鳥が毎年方向を過つことなく、目的地にたどり着けるのはなぜなのか? 通常は「本能」という言葉で説明されるこれら生物種の行動も、ショーペンハウアーによれば、「世界の意志」の顕れにほかならない。

意志は個体のかたちで現象するが、個体の死後も相変わらず意志は生きつづけているのであって、別の個体のかたちをとって現象しつづけるのであり、ただ後の方の個体の意識が前の死んだ意識となんらつながりをそなえていないだけである。(第52節)

夥しい個体を誕生と生殖と死を通して絶え間なく入れ替えながらも、果てしなく続いてゆくかに思える種(しゅ)としての生命、そして複数の種から成る自然界全体を循環させる「世界の意志」——そこには始まりも終わりもない。個体の意識を超えた次元では物と物の区別もなくなり、すべてのものは全にして一つである。「汝はそれなり!」とはこの認識を言いあらわしたものと考えられよう。

このようにすべての生命を駆り立てる大きな自然の「意志」は、それぞれの個体においても顕現する。「私」という個人の身体を考えてみよう。私の手や足は一方では私という主体・主観の外にある「表象の世界」に属している。他人の手や足を見ているのと同様、私は自分の手や足を見る。しかしながら、身体はもう一方で、私の「意志としての世界」に属してもいる。例えば、私は他人の身体の痛みを直接感じることはできないが、自分の体の痛みは痛切に感じるし、食欲をはじめ、自分のうちから生じたさまざまな欲求についても同じことがいえよう。このように「私」は他人からは本質的に把握しえない自分自身の意志によって行動しながらも、その実、生物種としての自分が生き延びて子孫を残すために大いなる自然の意志に突き動かされている存在なのである。

ところで、ショーペンハウアーは個人のレベルに働く「意志」を否定的なものと見る。すべての「欲求」はそれが満たされたと思える瞬間から、新たな欲求への欠乏状態が始まる。いわば生き物の生は欲求が満たされる一瞬(喜び)と、そのあいだの長い欠乏状態(苦しみ)から成り立っている。一瞬の現象にすぎぬ欲求の充足を求めながら、欠乏状態に苦しみ続ける——そんな人生をショーペンハウアーは、神への不敬の罰として、永久に回転を続ける炎の車輪に縛られたギリシャ神話の人物イクシオンの姿に喩えている。

芸術創造の「永劫回帰」

虚しい欲求に駆り立てられる生を脱却するために、ショーペンハウアーが唱えたのが、「共苦」の心によって自分と他人の溝を超え、他者への愛を実践すること、生きんとする意志の否定によって心の平安を獲得することである。

このような思想にマーラーは共鳴し、感化されたものの、この哲学者のともすると悲観と厭世に傾く傾向にだけは賛同できなかったのではないか。

ひとつ例として、上に挙げた「欲求」と「欠乏」の関係について考えてみよう。純粋に物理的な時間の長さを問題にするかぎり、ショーペンハウアーの説は正しいとも思える。しかし、人間の幸・不幸の度合いはそのような物理的時間の長短によってのみ測りうるものなのだろうか? たとえ短くても、時間の密度が他との比較を絶して濃いという場合、一瞬のめくるめく高揚のために、どんな長い時間を耐え抜いてもかまわないと思えるときもあるだろう。長い人生の中で、何かが成就した瞬間がなきものにも代えがたい幸福をもたらすこともある。

ニーチェは若い頃、ショーペンハウアーに大きな影響を受けたが、のちに「永劫回帰」(=この一瞬のためなら、何度でも苦しい人生を繰り返してもいい)の思想を見出すことで、その厭世観と袂を分かち、独自の哲学を打ち立てた。マーラーが『ツァラトゥストラ』の詩を自らの交響曲に取り入れたのも、この点に共感したからではないか。

嘆きは言う、消え去るがよい!と。 だがすべての歓びは永遠を欲する。

歓びはたとえ一瞬のものであろうとも「永遠」に通じている——そのことを身をもって一番よく知っていたのはマーラー自身であったに違いない。

第3交響曲の作曲に没頭した1896年夏、彼は当時の恋人アンナ・フォン・ミルデンブルクに宛てた手紙の中で、「このような作品の作者が受ける、恐るべき産みの苦しみ」について言及しながら、こうしたためた。「その脳裡すべてが秩序立てられ、組み上げられ、噴射されるまでは、はなはだしい放心状態、自己沈潜、外界に対する仮死状態の無関心が先行せざるを得ないのです。」(日付なしの手紙の断片、須永恒雄訳)。このように、作曲という創造行為は彼にとって産みの苦しみの連続だったが、であるからこそ、作品が誕生した瞬間は他のすべてを犠牲にしてもよいほどの高揚をもたらしたはずだ。

友人アルトゥール・ザイドル宛ての手紙のなかで、マーラーは指揮者ハンス・フォン・ビューローの葬式に参列し、交響曲第2番《復活》の最終楽章への霊感が「稲妻に打たれたかのように」閃いたときのことに触れ、このように書く。「私はいつもこうなのです。身をもって体験するときにだけ音を産み出し、音を産み出すときにだけ体験するのです」(1897年2月17日)。「体験する」の原語 erleben にはもともと「生(命)を獲得する」という意味があるが、この言葉はまさに「音を産み出す」営みに従事するマーラーの実感から出たものに違いあるまい。

「生成の孕む緊張」——楽曲解説再論

ショーペンハウアーは音楽を「意志全体の直接の客観化であり、模写である」と考え、表象としての世界を模写する絵画や彫刻、詩歌などと区別しながら、あらゆる芸術ジャンルの最上位に据えた。曰く、「音楽に対しわれわれは、世界とわれわれの自我の内奥にある本質に関わってくるようなはるかに厳粛な、またはるかに深遠な意味を認めねばならないだろう。」(第52節)

この説を敷衍するならば、マーラーにとっては作曲という営みこそが、あらゆる生命を造り出し、循環させる自然界の摂理とも等しい、「意志としての世界」の顕現でもあったと考えられよう。 「マーラーの手にかかると、つくり出されたもののすべてが、さながら新しく生まれたばかりのもののようになってしまう。そして生成がはらむ途方もない緊張が聴き手の神経にまで感染してゆく。」(パウル・シュテファンの言、ヴォルフガング・シュライバー『マーラー』より、岩下眞好訳) 以上は他人の作による音楽をマーラーが指揮したときの描写だが、「生成がはらむ途方もない緊張」という形容はマーラーその人の作品にこそより適切に当てはまるのではないか。交響曲第3番の各楽章に即して、そのことを確認してみよう。

第1楽章からは、まさに無生物をも含む万象を生ぜしめる自然界の「意志」の運動が聞こえてくる。地球そのものが胎動し、山や谷を創り出す。季節の巡りという自然界の循環によって、命が絶えたかのように思えた冬の後には必ず春がやってくる。新たな命が芽生え、育ち、ついには夏の盛りを謳歌する。とはいえ、ここに描かれる夏の情景はけっして最初から予定調和の安らぎに満ちているわけではない。生きることは常に何らかの痛みを伴う。すべての個体はおのが生存の場を求めてひしめきあい、延命を賭けてせめぎ合うのである。そこには「偉大なものや愛らしいもの」に加えて「恐ろしいもの」が含まれている(リヒャルト・バトカ宛て手紙、1896年11月18日)という作曲家自身の言葉も、この交響曲が描く「自然」について考えるうえで参考になるだろう。

「野の花たち」「森の動物たち」がそれぞれ主体となる第2楽章、第3楽章も、単なる平和な牧歌には終止しない。「汝はそれなり!」という森羅万象の呼びかけには苦悶や悲嘆の声さえ入り混じっているだろう。自然界の生命はみな食物連鎖によって、互いが互いを喰らい合いながら、生殖と死滅を繰り返すのだから。

第3楽章では曲調が諧謔と阿鼻叫喚のあいだを往き来するさなか、何度か突然の静寂が訪れ、はるか彼方から秘めやかに、かそけく、喇叭の響きが聞こえてくる、修羅の巷に一瞬射し込む浄土の光のように……。 この楽章にこの楽器(ポストホルン)を用いることを、マーラーは19世紀前半の文学者ニコラウス・レーナウの詩『駅馬車の御者』から発想したふしがある(手稿ではポストホルン登場の部分にこの詩の題名と同じ言葉が書き込まれている)。

駅馬車は乗客を運ぶだけでなく、何よりも——Post(郵便)を内に含んだPostillonという名が示すように——手紙や新聞や荷物の輸送手段として用いられた(したがって「郵便馬車」とも訳される)。その御者が吹き鳴らす喇叭(=ポストホルン)は待ちわびた「遠くの世界」の消息を人々に伝える合図だったのである。

しかし、マーラーの音楽が私たちに伝えるのは「空間的隔たり」のイメージだけではない。郵便馬車の使用が一般化したのは18世紀末だが、19世紀の半ばを境に郵便の輸送手段も鉄道にとって代わられることとなった。レーナウがこの詩を書いたのは1833年だが、それから60年以上が経った19世紀末、郵便馬車はもはや存在しない。であるが一ゆえに、ポストホルンの響きは遥かな過去からの呼び声という「時間的隔たり」のイメージも伴って、郷愁(=ノスタルジア)の対象となるのである。さらに注目すべきは、レーナウの詩の中心となる部分に立ち籠める死者のイメージである。五月の麗しい夜、語り手を乗せた馬車はやがて十字架の立つ墓地にたどりつく。そこで御者は馬を止めて言う、「あそこにあっしの仲間が/冷たい土にうまって眠っているんでして!/思えば、なつかしい相棒ですよ!/実際、あきらめきれませんん!/角笛を吹くったって/あっしの仲間ぐらい巧いやつはいませんでしたからね!」。そう言って御者は草の下に眠る仲間に向かい、挨拶の喇叭を吹き鳴らすのだが、その「明るい調べは/山にあたってこだましました。/今は亡き地下の御者が/唄に合わせて吹いている」かのように……(以上、国松孝二訳)。このくだりを視野におさめるとき、「舞台裏で」と指定された第3楽章のポストホルンにはやはり彼岸の世界の消息というイメージを重ね合わせたくなる。

そうしたこどもを一旦受け止めて発せられるのが、第4楽章における「世界の嘆きは深い。/されど歓びは肺腑を抉る哀しみよりもさらに深い」というメッセージだろう。とはいえ、マーラーは「神は死んだ」という一言に集約されるニーチェの無神論を共有するには至らなかった。

『マタイによる福音書』に現れる「ペテロの否認」を題材に採りつつ、「永遠を欲する歓び」を「天上の歓び=神の/神への愛」と結びつけた第5楽章が何よりそのことを証明していよう。『少年の魔法の角笛』に収められた元の詩の Und bete zu Gott nur allezeit「そして、神にただいつでも祈りなさい」という一行を、マーラーは Liebe nur Gott in alle Zeit!「いつまでも神様を愛しぬくだけでよいのです!」に書き換えている。「祈り」を「愛」に置き換えたこのくだりをマーラーが特に重視していたことは、このフレーズのみが無伴奏で他から浮き上がるように際立たせられている書法からも感じられる。しばしば「神のみを愛しなさい」という意味に訳されるこの一行だが、英語のonlyにあたるnurという副詞の解釈と文中のつながりについてはもう少し深く考えるべきだろう。というのも、nurを愛する対象の限定ととり「(ほかのもの幅ではなく)神だけを愛せ」という意味に解釈すると、マーラー自身がこの交響曲で展開してきた世界観と大きく抵触するような気がするからである。nurは何よりも「愛する」という行為にかけるマーラーの強い願いのあらわれであり(一語で表すとすれば「ひたすらに」。「拙訳では『愛しぬく』とした)、「愛」さえあれば大丈夫という、「愛」の絶大な力への信頼を表しているのではないか(ゆえに拙訳では「〜だけでよい」と付け加えた)。

こうなると、第5楽章に続く最終楽章の標題が「愛が私に語ること」となるのはもはや自明だろう。マーラーはこのアダージョ楽章について「ここでは万物が安らぎと永続のうちに解消する」と説明し、「現象のイクシオンの車輪はついに停止するにいたったのだ」と述べたことがある(ナタリー・バウアー=レヒナーの『回想』による)。

先に述べたようにショーペンハウアーは欲求の充足を求めながら欠乏状態に苦しみ続ける人生を「イクシオンの車輪」に喩えたが、例えば私たちが絵画や美しい風景に見入るとき、純粋な観照によって「自分」を忘れ、煩悩から解き放たれる稀な瞬間が訪れるとも説いている。

そのような瞬間に、われわれは意志のさもしい衝迫から免れていて、意欲という刑務所労働の安息日を祝っていることになり、永遠にめぐるかのイクシオンの車輪も止まるからである。(第38節)

とはいえ、ショーペンハウアーによれば、私たちの多くはこの境地に長く とどまる力を持たず、束の間の「安息日」を終えると、再び煩悩に囚われた日常の生に戻ってゆかねばならない。マーラーはしかし、「イクシオンの車輪が停止する」という言葉を自らの芸術創造の到達点に掲げ、しかもそれを「愛」の充足と結びつけることで、すべてを肯定するようにそこに「永遠」のイメージを付与したのである。

2024/04/27 ESMT祝祭管弦楽団 第1回演奏会

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